園長の部屋 令和7年6

 
大避難訓練の為に、消防署の方々が来園してくれました。真っ赤な消防車二台とピカピカの救急車。
この救急車は、今年度新調された新車だそうです。保育室から消防車と救急車が見えたら、嬉しくて大騒ぎしていました。
「はたらくくるま」、格好良いですね。この中に「未来の消防士や救命救急士」がいたりして…??


    

 六月一日は向洋77回目の開園記念日です。 利用していただいている保護者の皆さんと、地域の皆さんのご支援によって昭和・平成・令和と続いてきました。 もちろん現在勤務してくれている職員とこれまで勤務されてきた職員皆さんのお陰でもあります。 

 園が創設された昭和24年と現在では何もかも大きな違いでしょう。 私が園に勤務するようになってからも43年ですから随分様変わりしました。 その当時、小学校に上がる前は幼稚園に行かないと…幼稚園はお勉強、保育園は子守というイメージがあって、特に津久見ではその傾向が強かったようです。 専業主婦が多く、三歳までは親元で、0歳の入園なんて考えられない時代でした。

 女性の地位向上と共に、出産後も仕事に復帰するお母さんが増加し、全国的には平成九年頃に幼稚園と保育園の園児数が逆転し、その後、差が広がっています。 平成26年度に認定こども園制度が始まり、幼稚園も保育園も同じようなサービスを提供出来るようになりましたが、乳児を預かる設備やスキルを持っていた保育所から認定こども園に移行した園が、その後も大きな割合を占めています。

 共働きが増え専業主婦が激減することで、女性の社会的地位も向上しましたね。 でも、働く女性が増え地位が向上すると婚姻数が伸びず、年々少子傾向が深刻化していきます。 いろんな問題もあるし、本当に子育ては大変で女性の負担も大きいのですが、結婚って良いし、パートナーがいる生活は素敵って、周囲の独身者にドンドンアピールして下さいね。

 これまで私は、保育園の良さを伝えようと、いろんな改革も行いました。
 向洋では三歳以上児も完全給食ですが、国の制度では主食は自宅から持参なのです。 これは戦後食糧難の時代に保育所で大量にお米を集めることが難しかった名残ですが、平成9年から園で主食の提供を始めました。 三歳未満児には既に主食を提供していたので、調理室の負担も大きくなく、カレーや丼、パンなどメニューが増えて大好評でした。 都市部では主食は自宅から持参の園や、弁当業者に全て外注の園もありますが、向洋は自園調理にこだわってます。

 そして、園便り・ホームページなどを活用してお子さんが園でどの様に過ごしているか広報にも努めて来ました。まだ平成になる前でしたが、園便りなど宣伝行為ではと県の監査で言われたことがありますが、今では園の情報を利用している保護者へ知らせることは当然の事ですよね。 日々の出来事をスライドショーでお知らせするのも、我ながら良いアイデアだと思っています。 

 認定こども園に組織変更した時から三歳クラス以上の保護者面談を始めました。 家庭でどの様に子どもが過ごしているか、園ではどうなのか家庭と園の情報交換の場として定着してきました。

 保護者も園も、面談には負担を感じますが、実施する意義がとても大きいと感じています。 
 毎年六月は、園創設時の苦労や地域の皆さんとのつながりを再確認する良い機会だと思っています。
 78年目も基本に忠実に、新しい試みを取り入れながら頑張ります。